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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7341号 判決

原告・反訴被告 国

代理人 田島優子 松本智 ほか四名

被告・反訴原告 足立虎雄

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和一八年月日不詳売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  反訴原告(被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1(主位的請求)

主文第一項と同旨

2(予備的請求)

被告(反訴原告、以下「被告」という)は、原告(反訴被告、以下「原告」という)に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和一八年月日不詳時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

又は

被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和二六年五月二二日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  右に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、別紙目録記載の土地を引渡せ。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  右に対する答弁

1  主文第二項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1(主位的請求)

(一)  原告は、昭和一八年ころ、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を、代金五七八四円で被告又は被告の代理人である足立とよから買い受けた。

よつて、原告は、被告に対し、右売買契約に基づき、本訴請求の趣旨第1項の登記義務の履行を求める。

(二)  原告と被告との間に本件土地の売買契約が存在したことは、以下の諸事情に照らしても認めることができる。

(1) 本件土地は、旧陸軍国分寺技術研究所用地拡張のため買収の対象となつたが当時の軍用地買収手続は次のように行なわれていた。

計画が近衛師団経理部に伝えられると、同部では当該土地の所有者と折衝して土地売渡承諾書を取り、買収予定価格を査定する。その後、東京府知事から宅地建物等価格統制令六条一項に基づく認可を得て、さらに陸軍大臣が買収の指令を出すと、土地の登記名義を変更し、その際売渡契約書を作成し売買代金を支払うというものであつた。

(2) ところで、本件土地を含む近隣土地一帯の買収手続のため昭和一六年一〇月六日に、小金井町長から各土地所有者に対し印鑑持参のうえ同月七日に参集するよう通知された。従つて、そのころ、原告と被告との間で本件土地売買について折衝がもたれたはずである。

(3) また、本件土地につき、昭和一七年五月三〇日近衛師団経理部長から東京府知事宛の宅地建物等価格統制令六条一項に基づく買収認可申請書が提出され、同年六月一〇日これが認可され、同月二二日陸軍大臣から近衛師団経理部長に対し実施の指令が発せられている。このように本件土地の買収手続は正規に履践されているので、前提となる被告の売却の意思表示の存在も明らかである。

(4) 本件土地の売買代金は、原告から被告に支払済である。

(5) 被告から原告に対し、本件土地上の桜の木の補償が洩れていたため、その請求があつた。

(6) 被告は、昭和一八年一〇月一九日に、本件土地を含む北多摩郡小金井町貫井字中ノ窪七九一番につき、家督相続を原因として足立とよから被告への所有権移転登記をし、さらに同番の二ないし六を分筆し、同日付で本件土地(同番の二)を除く同番の土地を、第三者に売買を原因として所有権移転登記を経由した。

(7) また、本件土地と、七九一番のその余の土地との境界線は、その東側に隣接する八〇三番の一と二との境界線と一直線をなし、この分筆線北側が、旧陸軍国分寺技術研究所の敷地として利用されていた。これは、被告が原告への売却を前提として、七九一番の土地から本件土地を分筆したことを意味する。

(8) 仮に、被告が所在不明や応諾を拒否する等で買収できない場合は、本件土地は、国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)一三条三項、土地工作物管理使用収用令(昭和一四年勅令九〇二号)三条により、国家総動員上必要な土地として容易に収用しえたものである。しかるに、本件土地につき同法令に基づく手続が執られた形跡はないから、通常の買収手続がとられた。

(9) 会計規則等戦時特例(昭和一七年勅令第四五一号)によれば、本件土地売買契約につき契約書の作成が省略される手続も適法である。

また、関係書類が作成されていても、保存期間は一〇年であり、既に廃棄されたか空襲により焼失した書類に含まれていた可能性もあり、売買契約書が現存しなくとも不自然ではない。

2(予備的請求)

(一)  本件土地のうち、別紙図面イの部分は、旧陸軍国分寺技術研究所用地として、その余の部分は一般の通行の用に供する外周道路として、いずれも旧陸軍省が占有、管理していたが、終戦後大蔵省に所管替えとなり、さらに本件土地のうち別紙図面イの部分は昭和二六年五月二二日東京学芸大学敷地として文部省に所管替えとなり、以来、右学校用地として、原告において継続して占有しているものである。

(二)  従つて、原告は、遅くとも昭和一八年以来、本件土地を占有してきたのであり、占有開始の時売買契約の存在を信ずべき正当の理由があつたから、一〇年の経過をもつて所有権を時効取得した。仮にそうでないとしても、二〇年の経過により取得時効が完成した。

さらに、遅くとも、本件土地が文部省に所管替えとなつた昭和二六年五月二二日以来、原告は引きつづき本件土地を占有しており、二〇年を経過した昭和四六年五月二二日に原告のため取得時効が完成した。

(三)  ところで、被告は、本件土地について所有権の登記名義を経由している。

(四)  よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づき本訴請求の趣旨第2項の登記手続を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  本訴請求の原因1(一)の事実は否認する。

原告が、戦時中正当に買収した土地については、売買契約書が作成され、右書類は会計検査院に保管され、戦後、買収済で移転登記未了の土地については、原告は調査の上、逐次移転登記手続をとつている。しかしながら、本件土地については売買契約書も、代金領収書の提示もなく、原告から移転登記を求められることなく戦後三〇余年を経過している。

2  本訴請求原因1(二)(1)事実は不知

3  同1(二)(2)の事実は否認する。

4  同1(二)(3)の事実のうち、被告の売却の意思表示の存在については否認し、その余は不知。

5  同1(二)(4)の事実は否認する。

6  同1(二)(5)の事実は否認する。

7  同1(二)(6)の事実は認める。

8  同1(二)(7)の事実のうち売却を前提とする分筆であることは否認し、その余の事実は不知。

9  同1(二)(8)の事実は否認する。

当時の国情から、売渡しを拒否する者はありえず、国家総動員法を適用するまでもなく、所有者と連絡のつかない土地も、後日調査確認の上買収する予定で、現実に旧陸軍による占有が開始されたのである。

10  同1(二)(9)は争う。

11  同2(一)の事実は認める。

12  同2(二)の事実のうち、占有開始の時、原告が無過失であつたとの点は否認し、その余は争う。

13  同2(三)の事実は認める。

14  同2(四)は争う。

三  抗弁(予備的請求)

1  原告は、本件土地を所有者が調査判明次第買収手続を履践すべきものと考え、現実の使用の必要に迫られて土地使用を開始したのであり、本件土地が原告の所有でないことを認識しているので、所有の意思をもつた占有の開始でなく、原告の占有は他主占有である。

2  本件土地の所有名義が被告にあることは、土地登記簿により明暸であり、被告が国の各機関に対し所有権を主張し続けてきたのであるから、原告は、国有財産の管理者として調査の上、早急に適切な処置をとるべきであつたのに、三〇年余り放置し、今日に至つて取得時効を主張することは、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2は争う。

五  反訴請求原因

1  本件土地は、もと被告が所有していた。

2  本件土地は原告が占有している。

よつて、被告は、原告に対し、所有権に基づく妨害排除として、本件土地の引渡しを求める。

六  反訴請求原因に対する認否

認める。

七  反訴抗弁

1  売買

本訴請求の原因1(一)、(二)と同じ。

2  時効取得

本訴請求原因2(一)、(二)と同じ。

八  反訴抗弁に対する認否

1  本訴請求の原因に対する認否1ないし9と同じ。

2  本訴請求の原因に対する認否10、11と同じ。

第三証拠関係 <略>

理由

第一本訴請求について

一  原告と被告との間で、昭和一八年ころ本件土地につき売買契約が締結されたか否かの点につき検討する。

<証拠略>によれば、以下の各事実を認めることができる。

1  本件土地を含む付近一帯は、昭和一六年ころから、旧陸軍国分寺技術研究所用地拡張のための対象土地となり、土地買収手続が進められた。その買収手続は、まず近衛師団経理部経理課が対象土地の所有者を調査して、同人から売渡承諾書を得、買収予定価格を査定した後、近衛師団経理部長から東京府知事に対し、宅地建物等価格統制令六条一項の規定による認可申請を提出し(<証拠略>)、東京府知事からその認可がおり(<証拠略>)、さらに、陸軍大臣から拡張買収の指令(<証拠略>)が出ると、買収が実施に移されるというものであつた。

2  買収代金は、当初は、所有権移転登記後に支払つていたが、後に、所有者の承諾を得られれば小切手にて、所有者に支払うようになつた。

そして、買収対象の土地所有者ごとに、名寄簿を作成し、その書面上に、小切手の支払を確認すると「支払済」の印を押捺していたところ、本件土地の被告名義の名寄簿(甲第六号証の二)にも「支払済」の印が押捺されている。

3  また、本件土地は、もと小金井町貫井字中ノ窪七九一番に含まれていたが、昭和一八年一〇月一九日受付で本件土地(七九一番の二)および同番の三ないし六が七九一番から分筆登記され、同日付で七九一番の一、同番の三ないし六が第三者に所有権移転登記された(この点については当事者間に争いはない。)。右登記申請日には、既に買収実施の指令が出ており、原告が本件土地を占有していた。

そして、七九一番の一、三ないし六と、本件土地との境界線は、一直線をなし、その東側に隣接する八〇三番の一と同番の二(買収のために八〇三番から分筆された土地)との境界線とも直線で連続しており、この境界線が買収対象土地とそうでない土地との境界をなしている。

4  戦時中の土地買収事務は、担当者不足のため手続が遅延しており、買収済ながら所有権移転登記手続が未了の土地が、相当数あつた。

5  これらの事実を総合すると、本件土地についても、原告と被告の間で売買契約が締結され、原告から被告に対し売買代金五七八四円が支払われたものと推認することができる。

二  ところで、証人足立フミは、売買契約の交渉もなく、まして契約は締結されなかつた旨証言するので検討するに、売買交渉の有無について、<証拠略>によれば、昭和一六年一〇月七日に買収土地の所有者の会合を開くため同月六日付で招集の通知をしたが、本件土地について右会合の招集の通知先は、被告の前々主である足立勝次郎であり、その住所は被告が他人に賃貸していて居住していない「東京市神田区佐久間町二―四」となつていることが認められ、そうすると右招集通知が同月六日になされても、翌日の会合に間に合うように被告に到達するのは困難であるように思われ、また、甲第六号証の二の名寄簿の所有者欄には「戸籍照会ニ依ルモ不明」と記されている。

しかしながら、甲第六号証の二の名寄簿には、右記載のほかに、被告の当時の住所である「品川区大井倉田町三、三三五」、当時使用していた電話番号である「大森(06)五七九七」及び被告の氏名並びに「桜ノ木請求洩レ」の記載がなされている。そうであると、手続当初は本件土地の所有者が原告に判明していなかつたとしても、いずれかの段階で被告が所有者であることが明らかとなり、売買についての交渉が行なわれた結果本件土地上の桜の木の補償が追加されることとなつたことを推認することができる。

これらの事実に照らすと、前記認定に反する証人足立フミの証言部分は採用できない。

三  また、売買契約書、代金領収書等が、本件訴訟において証拠として提出されていないことは明らかであるが、<証拠略>によれば、会計規則等戦時特例(勅令第四五一号)の規定上、売買契約書の作成を省略することが可能であり、また、文書取扱規程(明治三三年第一一号)上、文書の保存期間も経過していることが認められ、これらの事情に照らすと、売買契約書及び領収書が証拠として提出されていないことをもつては、いまだ前記売買契約の存在を認定する妨げとはならない。

四  以上各認定のとおり、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。それゆえ、本件土地は、原告主張のころ、被告から原告に売買されたことが認められ、右契約に基づき、原告は被告に対し本件土地の所有権移転登記手続を請求することができ、原告の本訴請求は理由がある。

第二反訴請求について

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

前記判示の通り、原告、被告間での本件土地売買契約の成立を認めることができる。

三  従つて、反訴請求は理由がない。

第三結論

以上判示の通り、原告の本訴の主位的請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治 田中澄夫 矢部眞理子)

目録 <略>

図面 <略>

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